ノースモーカー

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先日、久しぶりにコンビニでライターを買った。何年ぶりだろう…
煙草を吸うために買った訳じゃない。お香に火をつけるためだ。昔使っていたライターを使用していたが、それらが全て切れてしまったので買うことにしたのだった。

非喫煙者になってから15年近く経った。
私が喫煙者だった頃はまだ多くの人が煙草を吸っていた。ちょうど私がやめた頃から分煙、ノースモーキング運動が過熱化し、喫煙出来る店がなくなり、今では喫煙者は犯罪者のように扱われるようにまでなってしまった。
会社で仲のいい同僚が3人、私を含めて4人、以前は全員喫煙者だったが、今では誰も吸わない。旦那を始めとしてうちの家族もみんなやめた。
煙草をやめてからは人の煙が気になるし、必要に迫られて喫煙場所に行った後、匂いが服についてとれない!と思うこともある。でも元々自分も吸っていただけに喫煙者の気持ちは分からないじゃない。百害あって一利なしとは言うものの、私はそんなことはないと思いながら吸っていた。

イライラする時、大仕事を終えた時、気を紛らわせたい時。
あぁ無性に腹が立つ、煙草を吸おう。これが終わったら煙草が吸える、頑張ろう。どうしよう、困ったな、煙草を吸って一息入れて考えよう。
煙草を吸うことによって私のストレスは格段に減っていた。吸わなくなった今じゃ溜まりっぱなしだ。
おまけに私がこんなに太ってしまったのは間違いなく煙草をやめたからだ。それはストレスではなく食べるから(笑) 2
健康面で煙草は毒だとよく言われる。確かに決して良いものだとは思わない。私が煙草をやめた理由の一つに体に悪いからということもある。しかし、これだけ喫煙者が減っている割に、ガン・脳卒中心筋梗塞の三大成人病はそれほど減っていない。寧ろ増えている。だからといってまた吸おうとは思わないが、今でもまだ吸いたいと思うことはある。

余談だが、煙草は毒だという話の中に出てくるニコチン。しかし、発がん性物質なのはニコチンではなく3.4ベンゾピレンだということをご存じだろうか。私は大学の時、そういう勉強をしていて煙草を口に咥えながら「へ~そうなんだ」と妙に感心したものだった(笑)

そんな私が煙草を吸い始めたのは高校2年に入ってすぐのこと。吸い始めた理由は以前にも書いたけど、別れた男に対する腹いせのようなものだった。そこから20年近く吸っていた。その20年のあいだ、吸い始めた切欠になった男のこと以外、私の中で煙草を吸うことは良い思い出と一緒に記憶されていることが多い。
大好きだった彼に自分が火をつけた煙草を渡してあげて一緒に吸ったこと。
恋人と喧嘩をし、2人とも黙りこくっている中、煙草の火をつけてあげたことで「やっぱり俺が悪かったよ。ごめん」と謝ってくれたこと。
駅のホームで彼と2人、ただ煙草を吸っていただけなのに、その煙の行方を追うだけで相手の心が読めた気がしたこと。
同期の子と川辺で座り込んで2人煙草を吸いながら、彼の愚痴を聞いていたとき、突然奴がポロっと涙をこぼし「つまらない泣き言を聞いてくれてありがとう。おまえのおかげで元気が出た、また明日から頑張るよ」と感謝してくれたこと。
大きな商談を終えた真夜中、ガンガン音楽をかけた車をぶっ飛ばしながら窓を開けて吸った煙草の美味しかったこと。
麻雀をしていて役満で上がれそうな時のドキドキ感を抑えるために吸った煙草。
パチンコをしていて、とまらない確変に積み上げられていくドル箱を横目にくわえた煙草…
煙草との思い出のセットは男と仕事と博打の存在ばかりだけど。それらに思いを馳せたとき、煙草を思い出すのだ。

始めはわざと人前で吸って見せたり、制服のまま吸ったりと、それは単に粋がっていただけだったかもしれない。でもだんだん煙草は私の相棒になっていった。嬉しい時も悲しい時も腹の立つ時も私の側にいて励ましてくれていたような気がした。
そんな風に愚痴を聞いてくれる、側にいてくれる、ストレスを発散させてくれる相棒がいなくなって寂しい。

先日私がコンビニでライターを買った時、隣のレジで「23番の3個」と言って煙草を買い求めていた男性がいた。相棒を手に入れたその男がちょっとうらやましかった(笑)
そして私は相棒もいないまま、明日の日曜日も早朝から仕事なのであった!