第五章 幸福

第五章 ~幸福~ 下手くそなキス

小走りで帰ってきたお兄ちゃんは 「はい」 と言って、黒い缶コーヒーを手渡した。 「ありがとう。私のは必ずブラックだね」 由香は笑いながらその缶を受け取った。 「そ、ブラックコーヒーの格好いいお姉さんだからね」 「まだ言ってるの?それ」 「俺にとっ…

第五章 ~幸福~ 一抹の不安

そうこうしているうちに由香の方も後期の講義が始まった。 夏休みだった頃に比べて会える頻度は確実に減っていたが、バイト終わりに迎えに来てもらったり、講義がない時間が合えば飛行機を見に行ったり、波の声を聴きに行ったりしていた。 サークルでも会っ…

第五章 ~幸福~ 十分過ぎる幸せ

元気になったよという連絡がお兄ちゃんからあったのは、彼を車で送り届けてから1週間くらい経った頃だった。 「この前は悪かったな。突然呼び出して、家まで送ってもらって。もう風邪も完全に治ったみたいだよ。ありがとう」 「気にしないで。本当にもう大丈…

第五章 ~幸福~ 心の居場所

9月の中頃、秋というにはまだ少し早い暑い日のことだった。 「もしもし、俺だけど」 「お兄ちゃん、どうしたの?今日は学校じゃないの?」 彼は9月の始めに後期の講義が始まっていたが、由香の方は9月いっぱいまで夏休みだった。 「うん、さっき終わった。で…

第五章 ~幸福~ 難しい論説

その日は1時間ほどかけて、渓谷に行った。車から降りた二人は、休息所の丸太の椅子に腰掛けた。 「海もいいけど、こういうところもいいね。そう言えば、始めの頃のサークルで一度山に行ったよね。キャンプ場みたいなところ」 「うん、行った、行った。あの時…

第五章 ~幸福~ 名残惜しい唇

車を降り、お兄ちゃんに手を引かれて着いたところは、周りに工場ばかりが建ち並ぶ埋め立て地の埠頭だった。 「前に本を読みにバイクでよく海に来たって言ってただろ?あれがここ。俺の指定席」 お兄ちゃんは防波堤の壁を指さしながら、そう言って微笑んだ。 …

第五章 ~幸福~ 嬉しい約束

次のサークルについての電話が、のんちゃんから入ってきた。しかし、指定されたその日、由香は用事があって行けなかった。無理だと伝えると 「そっか、じゃ仕方ないね。新井さんの方には私から連絡しておくよ」 と言ってくれたので、のんちゃんに謝って電話…