ニタモノドウシ

第十一章 ~終章~ お兄ちゃんへ

「お兄ちゃんへお兄ちゃん、あなたとさよならして、もうかなりの月日が経ってしまいましたね。私は、どうしてこんなにもあなたを愛したのでしょう。あなたと一緒にいた時間はあんなにも短かったのに。会えなかった時間の方が、ずっとずっと多かったのに。お…

第十一章 ~終章~ 3月の雪

……あれから数年後……「由香、由香!何してるの?早くしないと遅れるわよ」階下から母の声がした。「今、降りる!」由香は下に向かって答えた。母は降りてきた由香に向かって、まくし立てるように言った。「もういつもいつもギリギリまで寝て。早くしなさい!…

第十一章 ~終章~ 幸せになれよ

クリスマスがやってきた。朝起きると、窓の外がやけに明るかった。由香はベッドから起き上がって、窓を開けた。外は真っ白で、何も見えないほどに雪が積もっていた。イヴの夜も店長代理をしている店で深夜まで発注業務をしていたが、その時も帰り道でも降っ…

第十一章 ~終章~ 彼なりの優しさ

長雨だった秋が終わり、季節はもう冬になっていた。ちょうど1年前、由香は悩んでいた。悩みに悩んでいた。ほとんど連絡がないお兄ちゃんのこと。嫌われてしまったのだろうか、それとも他に恋人が出来たのだろうか、もう飽きてしまったのだろうか…いろんな質…

第十一章 ~終章~ 私に出来ること

「もしもし。由香?久しぶりだね」のんちゃんからの電話だった。サークルが開催されなくなったのは、お兄ちゃんがバイトで忙しくなると言った頃だったので、彼女と会わなくなってもうかなりの月日が流れていた。「サークル、由香は乗り気じゃないって分かっ…

第十一章 ~終章~ もう迷わない…

依然として雨は降っていた。その雨は誰かの涙のようにも見えた。由香の涙だろうか、お兄ちゃんの涙だろうか、それとも店長の涙だろうか…「帰ろう…かな」店長は独り言のようにつぶやいた。シフトレバーにかけた店長の手は、とても綺麗だった。細い指、しなや…

第十一章 ~終章~ 店長との約束

店長は続けて話した。「俺は君に好きだと言った。でも君からは、そんな言葉は一度も聞いていない。君が俺に言ったのは、今は何も言えないってことだけだ。だったら君が彼のところに帰っても、何も不思議はないじゃない。それより、はっきりと好きだと言われ…

第十一章 ~終章~ 君は彼の元へ

心と言葉の整理が全く出来ないままに、仕事は終ってしまった。由香はいつものように自分の車をおいて、店長の車に乗り込んだ。車は静かに動き出し、いつも二人が話をする駐車場に着いた。道中も着いてからも、店長からは何も聞いて来なかった。由香は仕方な…

第十一章 ~終章~ 収集の着かない感情

お兄ちゃんと朝まで長く悲しい最後の電話をした日、由香は学校にもバイトにも行かなかった。いや、行けなかった。連絡をする気力すらなかった。とても人前に出られるような顔ではなかったことも確かだったが、精神的に無理だということも分かっていた。その…

第十章 ~乱心~ 最初で最後の呼び名

「私はお兄ちゃんのあの下手くそなキスが大好きだったよ」「下手で悪かったね」お兄ちゃんはそう言って笑った。「それから、あの約束、守るから。ずっと」「煙草の特権の話?」「うん、そう」「じゃ、俺はおまえが白と黒の服が好きだったってことだけ覚えて…

第十章 ~乱心~ なくしていたジグソーパズルのピース

「俺たち、第一印象は最悪だったんだよね。特におまえの俺に対する評価」「うん、最悪だった」由香は笑いながら答えた。「そのまま最悪でいたら、こんな思いをせずにすんだのかな」「お兄ちゃんを好きにならなければ、痛みとか苦しみとか悲しみとか、そうい…

第十章 ~乱心~ ニタモノドウシ

今なら言える。『好きな人が出来たなんて嘘。お兄ちゃんがいつまでも放っておくから、ちょっと脅かしたくなっただけ』そう少し笑いながら話せば、今、目の前で終ったはずの恋もまた舞い戻ってくる。しかし、どうしても言えなかった。私はもう選んだのだ。こ…

第十章 ~乱心~ 初恋の人

「お兄ちゃん、ちゃんと会って話そうよ。こんな話、電話でするのは嫌だよ」「いや…やめておこう」由香の誘いをお兄ちゃんは断り、そして言葉を続けた。「もう会ってもどうにもならないことだから。いや、なっちゃいけないでしょ。またおまえを苦しめることに…

第十章 ~乱心~ 感情の誤算

「ごめん」先に謝ったのはお兄ちゃんだった。「ううん、私こそ、ごめん」由香も続けて謝った。「いや、俺がちゃんと話すべきだった。あの日、本当は全て話そうと思って呼び出したんだ。おまえと会わないあいだにいろんなことがズレてきていることに気づいた…

第十章 ~乱心~ 沈黙だらけの二人

「この前、彼女と約束した1年が過ぎた。それで『やっぱり気持ちは変わらないから別れて欲しい』って話した。彼女は『本当に1年も待ってたの?馬鹿だね。私はもうあなたのことなんてとっくにあきらめた。好きな子のところに行けばいいじゃない?』って。もし…

第十章 ~乱心~ 長い長い電話の始まり

涙雲はもういらないと思っていたのに、世界中を覆うような涙雲がやってくることになった。バイトが終わり家にたどり着いたところで電話がなった。時計は夜9時過ぎを表示していた。「もしもし?」「あ…あの、俺。新井ですけど…」「お兄ちゃん?」「ごめんな、…

第九章 ~平穏~ 涙雲はもういらない

ある日、店長は前にいた店の子たちと会うからと、由香をその集まりに誘った。男女あわせて10人くらいのバイトの子が来ていたが、みんな店長を慕っていた。「みんなに慕われてるんだね」途中、みんなで寄った喫茶店で、こっそり店長に言うと「いい金づるだと…

第九章 ~平穏~ 戻れない過去

「明日、朝から出かけない?バイト休みでしょ?俺、明けだから」店長から誘いを受けたのは、秋も深まりかけた頃のことだった。翌朝、店長は由香の家まで迎えに来てくれた。「お疲れ様です、店長。明けなのに大丈夫なの?」店長の車に乗り込んだ由香はそう声…

第九章 ~平穏~ 手放しの幸せ

そうこうしているうちに卒業に向けてのいろいろな行事が始まった。由香の通う短大は、卒論がない代わりに、卒業研究、研修旅行がありその準備に追われた。卒業研究は育てていたラットの解剖のレポートだった。数匹のラットに様々な餌を与えて、その栄養分の…

第九章 ~平穏~ 舞い戻ってきた現実

仕事が終わった後、由香が店長に連れられて行ったのは、新しい高速道路を造ろうとしている工事現場だった。「こんなところで何するの?」由香が聞くと、店長は車のトランクから店で売っていた子供用の花火セットを出してきた。「これやろうと思って」よく分…

第九章 ~平穏~ 強がり

「就職が決まったのに、元気ないね?」バイト中、掃除をしていた由香は、店長からそんな言葉をかけられた。「元気だよ」由香は強がって答えた。「そう?じゃいいけど」店長は、由香と正反対の位置にいる人だった。一緒に仕事をしたり、時々遊びに行ったりし…

第九章 ~平穏~ 就職活動

友人たちが内定とか最終面接とか言っているのに、由香はまだ履歴書用の写真さえ撮っていなかった。これからの自分を作ることが出来なかった。抜け殻とか放心状態とか、そんな言葉がちょうどだった。「…由香、ねぇ、由香ったら」「え?何?ごめん、何も聞いて…

第九章 ~平穏~ 後悔して欲しかった

一睡も出来ないまま朝が来た。いつものように学校に行き、その帰りにバイトに行き、いつもと同じ生活をした…と思う。正直なところ、全く記憶にない。記憶にあるのは、彼と別れた後、トイレで散々吐き、そのままベッドに転がり込んだこと。それでも全く寝られ…

第八章 ~決心~ バイバイ

キーロックが外され、車に乗り込んだ。お兄ちゃんは黙ったままエンジンをかけた。車は静かに動き始めた。由香はまた窓の外を見ていた。外の風景がだんだんぼやけてくるのが分かった。駄目、駄目だって…そう思ってるのに抑えきれなかった。涙が頬を伝っていく…

第八章 ~決心~ 二人の心の距離

メニューを差し出され、由香は和風ハンバーグのセットを注文した。彼も同じものを注文し、店員が下がろうとしたところに、由香はケーキのメニューも要求した。「おい、おまえ、ケーキなんて食べられないだろう?」店員が見えなくなったところで、お兄ちゃん…

第八章 ~決心~ 最後の晩餐

どのくらいの時間が経過しただろう…「ね、そろそろ帰らなきゃ」由香は、自分の腕枕になっていた彼の腕を戻し、ベッドから起きあがって、何事もなかったように服を着ながら言った。お兄ちゃんは、驚いたように由香を見上げた。「あ、う、うん。そうだね」そし…

第八章 ~決心~ もう何も分からない

彼の唇は由香の体中を這っていった。でも、その動きは突然止まった。「ごめん…」お兄ちゃんは、ベッドに仰向けになって一言謝った。「ごめん?ごめんってどういうこと?」「ごめん。俺にはおまえを抱けない」「なんで?ねぇ、なんでなの?」由香は懸命に聞い…

第八章 ~決心~ 抱いて

そのうち車は繁華街の灯りが見える場所を走り出し、それは帰りが近くなったというサインだった。もうお別れなんだな、と思うと由香は何も言えなくなっていた。「どうした?」その様子を見て、お兄ちゃんが聞いた。「もうちょっとだけ一緒にいられないかな。…

第八章 ~決心~ サイドシート

「じゃ、そろそろ帰ろうか」お兄ちゃんが言った。「え?もう帰るの?」「だって、明日もまた朝から学校とバイトがあるんだろう?本当は今日もバイトだったんじゃないのか?」「うん…学校の用事があるって言って休ませてもらった」「ごめんな、いつも突然で」…

第八章 ~決心~ 本当に言いたいこと

「作家って言えばね、お兄ちゃんが好きな作家の小説、バイト中にけっこう読んだよ。コンビニにも何冊か文庫本置いてあるじゃない?それを読んでこっそり返しておくの」由香は笑いながら言った。「そんなことしちゃいけないのに」お兄ちゃんは笑いながらも、…